82歳になる義母が、な、なんと、ルームランナーを購入した。
「おばちゃん、ちょっとちょっと」と呼ばれて行くと、廊下にでーんと置いてある。このところ、歩行で杖を使うことが多くなり、「これではイカン。足腰を鍛えねば」と考えたらしい。「散歩もいいけど、外に出るのがおっくうでね。これなら家の中で好きな時に歩けるから」とご満悦だ。目標は一日一万歩。
「でもねぇ、百歩も歩くと疲れちゃうのよ」
「お、お義母さん、歩数ではありません。毎日続けることが大事なんですよ。無理をして倒れたら元も子もないですからね。ゆっくり、ゆっくりですよ」と、しっかり念を押す。
それにしても、このポジティブな思考回路といい、行動力はスゴイ。恐れ入りました。
今年、定年退職を迎えた元公務員のイトコ夫婦は、田舎の家を処分して東京に移住を決めた。東京暮らしの経験はほとんどないが、子供たちが全員東京の大学に進み、将来的にも田舎に戻る気配がないと踏んでのことだ。
「せめて娘が嫁に行くまで、もう一度、家族みんなで暮らしたいと思ってさ。あと何年一緒にいられるか分からないけどね」。
同様のケースは結構多い。知り合いの元銀行マン氏も、田舎の家の売却が決まり次第、都会にいる子供たちと一緒に暮らす計画だという。
もちろん周囲は大反対だ。親戚、友人もいない。年金以外は定期収入もない東京で、どうやって暮らしていくのかと気を揉んでいる。
「やっと子供の手が離れて、これからじゃないの」という声もある。なにより、団塊世代→定年→田舎に移住、のセオリーに反しているではないか。「これ以上の人口の流出は何としても食い止めたいのに、元公務員たるものが町を裏切るのか」という市職員の怒声が聞こえてきそうである。
「自分探しは何も田舎生活だけとは限らないさ。僕らはまだ60代になったばかりだよ。元気でぴんぴんしている。せっかく子供が東京にいるんだ。都会暮らしを満喫しなきゃ。やっとチャンスが巡って来たってわけさ」。
当人たちにとっては、東京暮らしも子供たちが側にいればこそで、結構刺激的なのだ。かと思うと、お父ちゃんが懇意にしているトラックドライバー君一家は、最近、奥さんの実家に引っ越した。労働条件は悪くなる一方。いくら共働きで頑張っても追いつかない。
せめて家賃分だけでもと、やっかいになることにしたという。仕事場には2時間近くかけて通うことになったが、背に腹は代えられない。もちろんご両親は元気そのもの。おばちゃんの周りには、ドライバー君一家のような「マスオさん」現象がにわかに増えてきた。
「物価はじわじわ上がっている。給料は確実に下がっている。あとは家族が助け合ってこの難局を乗り越えていくしかない。ではどうするか。やっぱり同居しかないでしょう」。
同居というと子供が親の面倒を見るというイメージが強いが、どうしてどうして、親世代を見くびってはいけないのである。この調子では、もう一度大家族時代がやって来る日もそう遠くはなさそうだ。