[新・快適生活図鑑] 第18回(2007年09月掲載)

新・快適生活図鑑 第18回
畳がもたらした日本人の日常的快適性と住まいへの関心の薄さ
―その2 畳のフレキビリティーがもたらした功罪―

昭和30年代、鉄筋コンクリート4階建ての公団住宅があちこちに建てられました。私達団塊の世代の小学校高学年から中学生の頃です。戸建住宅に住む子供達にとってそれは羨望の的でした。そこにはテーブルといすで食事をする寝食分離のダイニングキッチンというスペースがあったからなのです。

子供達の住む戸建住宅のほとんどが、江戸時代の田の字型の民家か町屋の変形で、土間の脇にたたみの部屋がつながった家か、下級の武家屋敷に見られる中廊下型の変形の家で、いずれも畳の部屋が縦横、または縦か横につながった家だったのです。

その畳の部屋は、あるときは座卓を出して食卓に、泊り客があれば、座卓をたたんで寝室にと、その用途は時と場合に応じて、フレキシブルに代わるのです。したがって子供達も、その時と場合に応じて生活スタイルを変えなくてはならないのです。

小学校高学年から中学生には、部屋の隅に勉強机くらいは与えられるのですが、そこは来客がないときの勉強スペースと自分のものを置く場所程度の権利しかなかったのです。

子供心にも、そういう流浪の民のような生活スタイルはどこか惨めで、貧しさを感じていたのでしょう。

それに比べ、テーブルといすのある決まった場所で、接客や食事のできるダイニングキッチンのある団地の生活は、豊かで文化的な香りがして羨ましかったのです。

欧米諸国から[鶏小屋]と酷評された、あの狭い2DKや3DKの団地を羨ましく思った要因は、その畳の部屋がフレキシブルに変化することによって、生活スタイルを変えざるを得なかった惨めさにあったことに、大人になってようやく気付いたのです。


時と場合に応じてスタイルを変えることのできる畳の部屋での生活は、そのフレキシビリティーゆえに、どんな状況にも対応できる忍耐と柔軟性を育んだのですが、確立した自分の領域を持てないために、自分の居る場所を快適にするにはどうしたらよいかと考える力を育むことができなかったように思うのです。日本人の日常的快適性の追及や住まいへの関心の薄さは、この成長期の環境の中に要因があるように思われるのです。

そして成長期に、確立したプライバシーの領域を持てない畳の生活に惨めさや貧しさを覚えた子供達は、経済高度成長期に自分の家を持つ時期となり、自分の育った環境や精神風土等への十分な考察をせずに、成長期に羨ましく思った、いす・テーブル・ソファーのある居間・食堂中心のホール型の住まいへと流れていったように思うのです。


しかし、木・塗り壁・障子等の天然素材に囲まれた畳の生活は、本来は暖かく心地よいものです。そしてその暖かさ、心地よさは、多感な成長期に意識せずとも精神風土として心の中に記憶されているはずです。

そこで次回は、精神風土の中に記憶された、暖かく心地よい畳の生活と、いす・テーブル・ソファーの居間・食堂中心のホール型の生活とを比較しながら、自分の育った環境や精神風土等を十分に考慮して、自分の居る場所を快適にするにはどうしたらよいかという日常的快適性を追求してみたいと思います。

 

児島 敬子プロフィール

[こじま・けいこ] デザイナー・建築家。
1983年にトータル・ライフコーディネートスタジオ「ZAZA」を開設。1988年、ヒューマンスケールで考える住環境設計を加え、インテリア建築デザイン事務所「ZAZA―YOU、CO」を設立。家が「ゆったりと豊かな時を過ごせる心のすみか」となれるスペース作りを目指し活動を続けている。著書に「インテリア製図の描き方」など。

 

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