消したユニットバスの夢
7月の半ば、H調査員から電話があって「いま混み合っていまして、8月か9月にならないと伺えないんですよ」と言う。早く終わらせてしまいたい気持ちだがしかたがない。
数日後、また連絡があり、8月の末にシロアリ駆除の作業を行うことになった。
そこでO氏はN棟梁のところへでかけて、開いた穴を塞ぐとともに、浴室を手直ししてもらうことにした。
「前にユニットバスにしようかとか言っていたが、それはどうしますか」
そう、シロアリは風呂場の根太の腐った部分に集まり、じわじわと木を食べていたわけで、タイルの目地から水や湯が漏れていたのではないかと原因分析をし、ユニットバスなら水漏れもないだろうとH調査員たちと話していたのである。
ユニットバスは夢だった。手を合わせ夢見る家族がそこにいた。
だが、ユニットバスもいいのだが、カタログを取り寄せて調べてみると、安くても100万円近い。高いものになると……。O氏の妻は一瞬夢をみたが、ああ、と言いつつ自分で爪楊枝を取り出し、プツンと刺した。パーンと破裂し、夢は消えた。果かなかった。
「というわけで、今回は見送りですわ。残念です。本当に残念です」
残念と思っているのはO氏の妻ではないかと思うのだが、O氏、その時は全身で残念がり、ユニットバスの工事はしないことをN棟梁に伝えるのであった。
「ところで、工事なんだけどね、そろそろ夏祭りだろ、終わったあとでいいかね」
祭りと建築会社は一心同体、選挙も同じであるが、この時期は忙しいようである。
「いいですとも、急ぎませんから」
そう言うが、本当は急ぎたいO氏である。気の弱いO氏である。
大工も一緒に考えた
床に開いた穴、それも4つ。O氏にとってその穴はなんであったろう。人生の空白の穴を想うか、それとも家づくり4つの失敗の穴なのか。ここでじっくりと思索し、研究していけば自分の人生もリフォームも拓けてくるのだろうが、人は忙しさにかまけて集中にて取り組めないもの。O氏も同様、忙しい忙しいと言いつつ、早く穴を塞ぐことだけを思っていた。
N棟梁がやってきたのは祭りの終わった8月の初め。4つの穴を出入りできるようにふたを作る。年をとってもさすが大工だ、うまいなーと感心する。床の作業が終わると、次に風呂場である。こちらが大変だ。
「風呂場を全部壊してしまえば簡単だけど、それじゃ金ばかりかかってしまうからなー」
と言いつつ、タイルをさほど壊さないで作業する。
ウーン、えらい。ユニットバスにしていたらN棟梁は儲かった、しかし、「ユニットも金かかるからな」と言って嫌な顔をせず、ムダを省き、費用を少なくするにはどうするかを考えてくれた。業者、みんなこうありたいものだと思うO氏なのであった。
腐った根太が取り出される。ウワッ、木の中にシロアリがわんさかと生きていた。
大変だ、大変だとまたもや騒ぐO氏である。それにしてもシロアリはジメジメがお好き、嫌になるほど元気である。
取り出される根太を袋につめ、今回は床下をきれいにしておこうと、木屑が落ちればサッと掃き、「完全」を目指すのである。
「人にリフォームは任せられるか、しっかり看視しなければならない」
そう決意するO氏である。
匍匐前進で「異常なーし」
新しい根太に交換されたところで、O氏は床下探検を試みた。ペンキの付いた作業服に着替え、脱衣所のところの穴から入り込んだ。そういえば昔見た映画に「大脱走」があったなー。第二次大戦中のドイツ捕虜収容所から脱走する話だ。スティーブ・マックィーンがかっこよかったなーと思いつつ、床下を匍匐前進。気分は大脱走、口笛吹いて潜るのである。
だが、匍匐前進も進まなかった。なかなか動けない。これは大変だ、H調査員も苦労したろうなと床下でしみじみ想うO氏であった。
懐中電灯でシロアリがいるかどうかを確かめるものの、右に左にと動くのが大変で、床上からは「どこにいる。動く音が聞こえなくなったけど、生きているかー」
と声がかかる。ぎっくり腰にでもなって動かなくなったと思ったようだ。
「右よーし。左よーし。風呂下よーし。ゴホッ」
そう言いつつ、潜り込んでから10分もしないで床下から這い出て、「異常なし」。これで点検をしたのかどうかは分からぬが、自分では満足したO氏である。
そして、8月の終盤、シロアリの駆除作業が始まった。


[おかだ・けんじ] 住宅ジャーナリスト・NPO法人埼玉住まいの情報ネットワーク代表。
辛口『野次馬住宅時評』を発行。著書に『住宅のお値段・原価の秘密』『住宅業者の良し悪しがピタリわかる本』『住まいたちの半世紀』など。近著『昭和の住まい学』。
野次馬住宅net http://www.tcat.ne.jp/~yajiuma