「シロアリの文明は、人間の出現よりも一億年先行する、というのが、地質学者の言を拠りどころとした昆虫学者の推測である。」――こう言うのは、幸せの青い鳥を求めて旅をするチルチルの名作「青い鳥」を書いたメーテルリンクである。
そのメーテルリンク、シロアリも好きなようで「白蟻の生活」(尾崎和郎訳、工作舎)という本も書いているのである。
人間よりも古くから存在するシロアリを退治に2人がやってきた。朝の8時50分ごろである。これからシロアリ対人間のバトル戦を展開することになる。でも人間より1億年も前からいるシロアリをやっつけることはできないのだろうなという思いを持ちながらO氏は見守ることにした。
水道を借ります、と若い作業員。ちょっと大きいバケツに水を入れ、薬剤と混ぜる。1つのバケツは木部処理用でシロアリの食害を防ぐためのもの、もう1つは土壌処理用で、地中からのシロアリを防ぐためだと言う。
人と環境にやさしい薬剤を使うということでシロアリ防除をやることにしたのだが、聞けばヤシ油脂肪酸(カプリン酸)、ウコン、ヒバ中性油など天然物だということ。だが悲しいかな、ヤシ・ヒバ・ウコンは天然のものだろうということはわかるが、そのあとどう作られるのかわからないO氏であった。
なんとなく天然物――そんな気分でわかったような気になり、いつも行動しているO氏である。
畳が剥がされて、若い作業員が潜り込む。やっぱりな、もう1人は団塊の世代かな、潜ったら腰が痛くなるからやんないんだなと、どうでもいいことを想像するO氏である。
薬剤を吹き付ける音が聞こえてきた。シュー、ピュー。その時、O氏の顔が引きつった、目が狐になった、髪が突っ立った。
これは大変だ、みんな避難しろ、逃げろと叫んだ。と言っても、いるのはO氏の母親だけだった。その母親というのが、いじわるばあさんで、「わたしゃ動かないよ。ああいい臭いじゃないか。わたしゃ好きだね、こういう臭い」と言って部屋に閉じこもる。
「でも臭いでしょ、外にいたほうがいいですよ」とO氏が言うが、「テレビを見ないといけない。あの番組が始まるんだ」と動かない。しかし、鼻のいい母親である、我慢できなくなるとO氏はみていた。
10分ほどして「そとで鶯が啼いたねー」と出てきた。夏に鶯が啼くわけがないだろうと思うO氏であった。
4つの穴から出入りし、基礎に阻まれながらもシューとシロアリ防除剤を撒き終えたのは何時ごろだろうか。若い作業員がマスクを取り外したのはお昼を過ぎていただろうか。3時間ほど床下で格闘か、この臭いじゃ大変だったろうにと、やさしい心でご苦労さんと言うO氏である。
「これからもう1軒」と言う若い作業員。この仕事も楽じゃないとO氏は思った。
畳が戻されると臭いが閉じ込められたのであろう、少し薄くなった感じである。だが、他の部屋、蓋をしたといっても4つの穴から臭いは出てくる。臭かった。
来客がある、すると誰もが「なーに、この臭い」と言われた。気持ち悪くなったと帰る人もいる。ウーン、臭いまで考慮しなかった、臭いのことは書いてないぞ、言ってはいなかったぞ、とO氏はぶつくさと1人つぶやいた。
「おかあさん、臭くないですか、大丈夫ですか」と声をかけた。
「ああ、この臭いはケーキかい、ケーキ買ってきてくれたのかい」
嫌味なばあさんだとO氏は思う。そして、「ああ残念だな、食べないと思って人にあげてしまったよ。残ったのは臭いだけだ」と言うのであった。
1カ月は臭いが残っていただろうか、そして「もうこの工事はできないな」と思うO氏なのであった。

[おかだ・けんじ] 住宅ジャーナリスト・NPO法人埼玉住まいの情報ネットワーク代表。
辛口『野次馬住宅時評』を発行。著書に『住宅のお値段・原価の秘密』『住宅業者の良し悪しがピタリわかる本』『住まいたちの半世紀』など。近著『昭和の住まい学』。
野次馬住宅net http://www.tcat.ne.jp/~yajiuma