泥棒にも好き嫌いがあって、空き巣に入ろうとするときに、近所の人に見られるのは嫌だと警視庁ではいいます。だから、高い塀や庭に樹木が植えられて入り込んでもわからない家はニンマリとするようです。
塀が高いと、中に入り込めば外からは見えない、ガラス窓をわっても音をさせなければ気が付かない。植木も高いと、外からは見えないし、よじ登って入り込む手段ともなる。そんなことから警視庁では塀は低く、高い樹木で目隠しをせず、垣根も刈り込みをして建物の見通しをよくしましょうと呼びかけています。
高い塀といいますと思い浮かべるのはチャンバラ。TVで松平健の暴れん坊将軍(まだ午前中にやってます)などを見ると、武家の屋敷などどこも塀は高い。中は背伸びしてもみえません。そこで隠密がヒューと飛び跳ねて入り込み、書類などを持ち去っていく。塀が高いので誰もわからない。
忠臣蔵もそうです。忠臣蔵といえば吉良邸への討ち入りが有名ですが、さてこの場面――。
『東組の矢田五郎右衛門ら五名の同志が塀に梯子を掛けて、身軽に邸内へ消えた。
彼らは、門番たちを押しこめ、内側から表門の扉をひらいた。
内蔵助を先頭にして、東組の同志たちが門内へ入り、ふたたび、門扉を閉じた。』
池波正太郎「おれの足音 大石内蔵助」(文春文庫)から
この後は、ご存知、吉良邸でのチャンチャンバラバラ。討ち入りを果たすわけです。
ここで注目したいのが、吉良邸の塀と門扉です。池波正太郎は赤穂の浪士が吉良邸に入り込んで門扉を閉じたと書くわけですが、こうなると中で何が起っているのかわからなくなります。
「クレオパトラの鼻が低ければ歴史は変わった」といわれますが、もし、吉良邸の塀が低く、門扉がなかったら歴史も変わっていたかも……。というのも密室のカタチで仇討ちが行われたわけで、これが約1刻(2時間)、たとえ雪が降って見回りとか人の通行が少なかったとしても、人の目があるところで行われていたら幕府も見逃すわけにはいかなかったでしょうよ。見物人が垣根の向こうから「やれやれ」とかいいながらチャンバラやっていたらおもしろいにはおもしろいのですが。
塀と門というのは日本の家屋の伝統。プライバシーを守りつつ、防備するというつくりなわけです。こうしたつくりについて歴史作家で考古学者の樋口清之氏は、日本の家屋と関係があると指摘しています。
垣という言葉は『万葉集』にも出てくるくらいですから、住居のまわりに庭があり、その外側に垣根があって、門があったに違いないと思われます。その門を、戸とか門(かど)とかいっています。垣根と門が住居を守っているので、門をくぐって、いったん中に入ってしまうと、どの部屋も無防備です。それは、部屋仕切りをしてプライバシーを区別するということが、家屋の構造自体にないのと同じで、家そのものが、自然の中に融合してしまっている姿です。外の塀や垣根をしっかりさせておかないと、人が自由に出入りしますし、門をしっかり閉めないと危険です。そんなところから、日本に門扉という、門のとびらができてきたのでしょう。
「続日本風俗の起源99の謎 衣食住を探求する」(産報発行)
防備を固めるために塀や門をつくることが、逆に泥棒には好都合というのは皮肉な話。それにしてもプライバシーと防犯を両立させるのは難しいんですね。

[おかだ・けんじ] 住宅ジャーナリスト・NPO法人埼玉住まいの情報ネットワーク代表。
辛口『野次馬住宅時評』を発行。著書に『住宅のお値段・原価の秘密』『住宅業者の良し悪しがピタリわかる本』『住まいたちの半世紀』など。近著『昭和の住まい学』。
野次馬住宅net http://www.tcat.ne.jp/~yajiuma