[プライバシーとリフォーム] 第6回(2007年12月掲載)

欄間の意匠と日本人のプライバシー観との関係

●谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」

日本の家屋について作家の谷崎潤一郎(1886〜1965)はこう書いています。

『左様にわれわれが住居を営むには、何よりも屋根と云う傘を拡げて大地に一廓の日かげを落し、その薄暗い陰翳の中に家造りをする。もちろん西洋の家屋にも屋根がない訳ではないが、それは日光を遮蔽するよりも雨露をしのぐための方が主であって、蔭はなるべく作らないようにし、少しでも多く内部を明りに曝すようにしていることは、外形を見ても領かれる。日本の屋根を傘とすれば、西洋のそれは帽子でしかない。』(「陰翳礼讃」中公文庫から)

“風雨を防ぐために庇を深く”した日本の家。ただそのために光が入らず暗い部屋。谷崎潤一郎はそうした陰翳の家づくりが日本の特徴だというのです。西洋と比較して傘と帽子に喩えるところがいいですね。この原稿が書かれたのは昭和8年で、もう70年も前になりますが、今でも陰翳の家づくりは日本的な美として建築家などに影響を与えています。

●壁に穴を開けた大胆な発想――欄間

欄間(らんま)というのがあります。天井板と鴨居の間を壁で塞がず、彫刻、透彫、格子などで作った室内の意匠です。花鳥風月、いろいろな彫刻があり楽しませてくれますが、光と風を室内に贈るというのがこの欄間の機能です。

始まりはいつなのかはっきりとしていませんが、平安時代にはあったようで、その後、安土桃山時代になると彫刻をほどこした欄間を競ってつくったといいます。

暗い部屋を少しでも明るくしたいと思ったのでしょう、壁に穴を開けてしまうという大胆な発想がすごいですね。

陰翳の日本の家を礼讃する谷崎潤一郎なら、欄間からこぼれる光を、“すばらしい”“芸術だ”と思うかもしれませんが、今の若い人はどうでしょう、欄間なんていらないという声が多いのではないでしょうか。こんな話があります。

「今日からここがきみたちの部屋」とAさんは2人の息子に言った。二間続きの部屋、1つは中学生、隣は小学生。小学生の息子は何も言わなかったが、中学生はこう言った。「ふすまを開けられないようにしてほしい。上のところ(欄間である)も塞いでほしい」。プライバシーを主張したのである。

Aさんは、ちょっと迷ったが主張を受け入れ、襖のところに本箱などを置いて出入りできないようにした。欄間もベニヤ板で光を遮った。中学生は十分満足してはいないようだが、自分の部屋ができたとニコッとした。

こんな欄間と親子の話からも現代の欄間観が窺えます。中学生は欄間を不要としていましたが、陰翳を礼讃する意識がない現代日本人、中学生だけではなく大人も同じではないでしょうか。


二間続きの部屋がない、いらない、つくれない。

声が筒抜けになるとプライバシー。

冷暖房の効率が悪いと省エネ。

そんな理由で敬遠というより不要の意識、特に都市部では家づくりの計画に“欄間”という2文字は入らないようです。

●ぼんやりとした気配のプライバシー

欄間というのはおかしなものです。襖で部屋を閉めれば間仕切りに、襖を開けて広い空間にするとそれは装飾の一部になります。それも明確に分けてはいなくて、ぼんやりと室内の空気に溶け込むといったものです。

プライバシーもあるようなないような。間仕切っているのだけれども穴があいているのです。そこから光も空気も声も流れて広がり、隣の気配を感じることができるのです。この気配を感じる距離と“空気”というのが日本のプライバシーに流れているようです。

欄間は現代には合わないというのはしかたがないことかもしれません。しかし、欄間の意匠が日本人の生活スタイルとプライバシー観に与えた影響を考えてみることは大事なようです。そこから新しい生活像は見えてくるかもしれません。

岡田 憲治プロフィール

[おかだ・けんじ] 住宅ジャーナリスト・NPO法人埼玉住まいの情報ネットワーク代表。
辛口『野次馬住宅時評』を発行。著書に『住宅のお値段・原価の秘密』『住宅業者の良し悪しがピタリわかる本』『住まいたちの半世紀』など。近著『昭和の住まい学』。
野次馬住宅net http://www.tcat.ne.jp/~yajiuma

 

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