[プライバシーとリフォーム] 第9回(2008年04月掲載)

子どもとプライバシー その3
気配を感じさせつつプライバシーのある空間は日本の伝統

●リビングを通らないと個室にいけなくてもすれ違いの生活だったらどうするの?

子どもたちと家族が顔を合わせられるよう、リビングを通らなければ個室にいけないという間取りも、親子が喧嘩をしていたら、顔を合わせないかもしれない。親がテーブルで朝食をとっているときに、黙って通り過ぎ、学校に行こうとする子ども。すると親が「おはようぐらい言え」と怒鳴る。雰囲気は悪くなって、ますます離反する心と心。

風通しの良い家や日当たりの良い家は工夫できます。だが、家族のコミュニケーションの問題は間取りをちょっと変えれば、風通しがよくなるというものでもありません。家族関係に家がどこまでかかわれるのか、難しいところです。

家族が顔を合わせられる間取りの家でも、小学生の40%は朝食を「子どもだけで食べる」という調査(2005年・国民健康・栄養調査結果)もあって、親子すれ違いの生活ならば、さてどうしようということになります。

反対に、子どもたちに個室があっても、家族が集まるときは集まって、コミュニケーション断絶もなく、たのしく暮らしている家族もあるでしょう。

●家族の風や光や匂いや音の雰囲気をいつも漂わせたい

“子ども”といっても幼児と高校生を一緒にすることはできません。高校生には高校生、中学生には中学生のプライバシーもあって、それはそれで尊重すべきでしょう。だけど、家族の家はホテルとは違う。それぞれ別々の個室で鍵かけてというのはおかしなわけで、個室はあっても、「あっ、カレーだ」「あっ、あの足音はおとうさんだ」と家族の風や光や匂いや音といった雰囲気がいつも漂うのがいい、と思う。

『台所で、いま何が、どういう順序で支度されているか、佐吉はその音を追っていたい。台所と佐吉の病床とは障子一枚なのだから、きき耳たてるほどにしなくても、音はみな通ってくる。』と幸田文は「台所の音」(講談社文庫)と書くが、音だけでも人と人の心は通うこともあるのです。

ここで注目しておきたいのは、台所と佐吉が寝ている部屋は障子一枚で仕切られているというところだ。障子というのは仕切りの道具である、しかし、音は聞こえる、姿も影が映ると人の気配を感じさせながら仕切っていく。

この人の気配を感じさせながらプライバシーとパブリック(共有)の場をつくっていくのが大事なようで、仕切っているような、いないような空間が子どもと家族との関係にも問われているようです。

あいまいな関係というのは日本人が長く伝えてきた人間関係で、それも悪くはないよう。見直してもいいかもしれません。

岡田 憲治プロフィール

[おかだ・けんじ] 住宅ジャーナリスト・NPO法人埼玉住まいの情報ネットワーク代表。
辛口『野次馬住宅時評』を発行。著書に『住宅のお値段・原価の秘密』『住宅業者の良し悪しがピタリわかる本』『住まいたちの半世紀』など。近著『昭和の住まい学』。
野次馬住宅net http://www.tcat.ne.jp/~yajiuma

 

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