「暖簾」(のれん)というのがある。軒先に張る布である。商家では自己主張よろしく大きく屋号を書いたりしているものなどが見られ、じつにおもしろい。広辞苑を見ると、「もと禅家で冬季の隙間風を防ぐのに用いた垂れ幕の称」とあるので、初めは風除けだったのか。暖をとる簾(すだれ)なのである。
始まりはそうであったのかもしれないが、江戸時代以降の商家の暖簾をみると、いろいろな機能をもっている。日除け、風除け、埃除け、蝿除け、虫除け、さらに業種、店名を書いて広告の役割もしているし、暖簾をかければ開店の合図、外せば閉店というのだからおもしろい。
亀屋(和菓子)は夏は白地の暖簾がかかるが、他の季節は紺地だ。
目隠しも暖簾の機能の1つ。中が見えるようで、見えないような、風が吹いて暖簾が揺れれば、中には評判の看板娘、こんなチラリズムの美学を演出する。暖簾1つで、内と外と間仕切りの役目をする。そう、暖簾はプライバシーの視点からもみることができる生活の道具なのである。
暖簾は内と外を区切るだけではない。家の中でも暖簾はかける。
『漆喰の店庭は、奥深い裏口まで続く通庭になり、打ち水をしたばかりのあとが、絞り模様のように濡れている。この通庭の片側に、店の間、中の間、台所、奥の間が細長く列び、店の間と中の間は中振りのくぐりのれんで仕切られている。』
山崎豊子の「花のれん」(新潮文庫)の出だしの部分だ。
くぐりのれん――潜り暖簾と書くが、屋内での間仕切りをする暖簾である。「花のれん」では、集金にきた商人はくぐりのれんの外側で順番を待っていて、声がかかるとのれんを潜って中に入るという場面に続くのである。
「花のれん」を読んでいると、暖簾が沈黙のメッセージを送っているような感じ。「勝手にここより入るべからず」と書いてでもいるような堂々としたメッセージである。
埼玉県・川越の蔵造りの通りを歩くと、店と奥座敷とを仕切る暖簾が見える。ここからは奥座敷ですよとサインを送り、見せないようにする暖簾である。
暖簾を見つめなおしたい。シンプルなデザインで好みの色で染めて日除けとして軒いっぱいに暖簾をかける。室内ではインテリアとして潜り暖簾で演出してみる。玄関から奥が見えないようにちょっとおしゃれな暖簾をかけてみる。
そんな風に暖簾を使って生活を楽しむ。室内を間仕切る。日本の伝統美をもっと活かしたい。

[おかだ・けんじ] 住宅ジャーナリスト・NPO法人埼玉住まいの情報ネットワーク代表。
辛口『野次馬住宅時評』を発行。著書に『住宅のお値段・原価の秘密』『住宅業者の良し悪しがピタリわかる本』『住まいたちの半世紀』など。近著『昭和の住まい学』。
野次馬住宅net http://www.tcat.ne.jp/~yajiuma