林真理子さん(小説家、エッセイスト。1954年生まれ。「最終便に間に合えば」「みんなの秘密」など)のエッセイに「作家の家」というのがある。(「そう悪くない」文春文庫の中の一篇)。そこで某大作家の家を紹介している。
『その某大作家の家は、昭和三十年代に建てられたということで、すべてがゆったりとしたつくりだった。天井が高く、間取りはどこも広い。中でも圧巻は編集者を待たせるための第二応接室だろう。コの字型につくりつけになっているゆったりとしたソファ、古風なシャンデリア。ここで各社の編集者が「先生の原稿をお待ちします」などと居続けるのだろう。』
応接間ではなく応接室ということで、かなり広い空間ではないかと想像されて、編集者が何人も待っている光景が目に浮かぶ。
応接のための空間というと贅沢という感じ、ムダな空間といわれたりもする。家は家族のためにあるのだから、応接間などいらないと主張されて、それが主流になっている。
でも、家族が団欒にているときに突然の来客、散らかったリビングに大慌て・・・。という人もいるだろう。だから『ああ、広い家に住みたい。そう贅沢なことは言わないが、せめて家族と過ごす部屋と、編集者が待つ部屋のふたつが欲しい。』と林氏が書くように、作家でなくても狭い家だからこそ、来客のための空間を願望することもある。
昭和の時代までは来客を応対する空間は小さな家でもあった。
東京都大田区に「昭和のくらし博物館」というのがある。元は「小泉家」といって昭和26年に住宅金融公庫の融資を受けて建てられた家である。
18坪の小さな2階建て木造住宅で、1階は1畳半の台所、奥に6畳の座敷、2階は4畳半二間という間取りと小さな家なのだが、玄関を入ると板の間の応接間兼書斎もあるのだ。
某大作家の応接室とは大違いだが、こじんまりとしてかわいい。心地よい空間だ。日ごろは書斎として使い、のんびりと本を読む主人。来客があると主人は奥へひっこむ。
家が家族のためだけになった時代だから、ちょっとした応接空間を考えてみるのも悪くはない。応接空間リフォームを考えてもいい。

[おかだ・けんじ] 住宅ジャーナリスト・NPO法人埼玉住まいの情報ネットワーク代表。
辛口『野次馬住宅時評』を発行。著書に『住宅のお値段・原価の秘密』『住宅業者の良し悪しがピタリわかる本』『住まいたちの半世紀』など。近著『昭和の住まい学』。
野次馬住宅net http://www.tcat.ne.jp/~yajiuma