●間接の鈍い光線に美があり「細雪」などの小説で知られる谷崎潤一郎氏(小説家、「痴人の愛」「刺青」など。1886〜1965)の評論に「陰翳礼讃」があります。建築家の世界ではバイブルのような名著で、多くの人に読まれています。
陰翳というのは、日の当たらない部分、かげのこと。その陰が日本の美でもあると谷崎氏は言うのです。
『それでなくても太陽の光線の這入りにくい座敷の外側へ、土庇を出したり縁側を附けたりして一層日光を遠のける。そして室内へは、庭からの反射が障子を透してほの明るく忍び込むやうにする。われわれの座敷の美の要素は、此の間接の鈍い光線に外ならない。』(谷崎潤一郎全第20巻 中央公論社)
静寂な世界——これを読めば軒の深い寺院など思い浮かべた人もいるでしょう。明るくなりすぎた現在の室内、少し、薄明かりの空間を見直す時期にきています。歌手の八代亜紀さんも「女は無口な ひとがいい 灯りはぼんやり 灯(とも)りゃいい」(作詞・阿久 悠氏)と歌っているではないですか。
谷崎氏も『日本の漆器の美しさは、そう云うぼんやりした薄明かりの中に置いてこそ、始めて本当に発揮される』と言い、漆器が『暮くさい、雅味のないものにされて』しまったのは『採光と照明の設備がもたらした』明るさだと言います。
ぼんやりした薄明かりの空間をどこかにつくるリフォームというのもいいものです。
ぼんやりした薄明かりを演出するのが壁。谷崎氏はこう書きます。
『此の力のない、わびしい、果敢ない光線が、しんみり落ち着いて座敷の壁へ沁み込むやうに、わざと調子の弱い色の砂壁を塗る。土蔵とか、厨とか、廊下のやうなところへ塗るには照りをつけるが、座敷の壁は殆ど砂壁で、めつたに光らせない。もし光らせたら、その乏しい光線の、柔かい弱い味が消える。われ等は何處までも、みるからにおぼつかなげな外光が、黄昏色の壁の面に取り着いて辛くも餘命を保ってゐる、あの繊細な明るさを楽しむ。』
壁紙から塗り壁にして、ぼんやりとした空間を作り出すというのもいいかもしれません。珪藻土など材料はいろいろあります。DIYで自分でやってみるのもいい。
谷崎氏は『庭からの反射が障子を透してほの明るく』と書いていましたが、障子を取り入れる方法もあります。障子で光和らげて楽しむことができます。
住宅版エコポイント制度では内窓設置ということで障子を窓の内側に取り付けると、ポイントが付くといいます。障子でエコポイントをもらいながら間接の光を楽しむのもいいかもしれません。

[おかだ・けんじ] 住宅ジャーナリスト・NPO法人埼玉住まいの情報ネットワーク代表。
辛口『野次馬住宅時評』を発行。著書に『住宅のお値段・原価の秘密』『住宅業者の良し悪しがピタリわかる本』『住まいたちの半世紀』など。近著『昭和の住まい学』。
野次馬住宅net http:// www.tcat.ne.jp./~yajiuma