有名人のことばに学ぶ住まい学 [その12]

「寺内貫太郎一家の間取り」と「忘れてしまいたくない何か」と
久世光彦さん

イメージ画像●卓袱台があったころの家

久世光彦(くぜ・てるひこ)さん(演出家、プロデューサー、1935〜2006)、脚本家の向田邦子さんとコンビを組んで「七人の孫」「時間ですよ」「寺内貫太郎一家」などのテレビドラマをヒットさせた。そのドラマについてこんなことを書いている。
『私のホームドラマは、どれも間取りがおなじである。茶の間があって向かって右側に台所があり、正面に中庭に面した廊下があって、左に行くと玄関と二階への階段があり、反対方向には浴室、洗面所、その奥は夫婦の部屋と決まっている。食事はもちろん畳敷きの茶の間で卓袱台(ちゃぶだい)を囲んでということになる。いまどき、こんな間取りの家に住んでいる家族などどこにもいないのは承知しているが、その都度考えるのも面倒だし、三十年やっている意地もあって、知らん顔で通している。』(「間取り」/「家の匂い 町の音――むかし卓袱台があったころ」所収、主婦の友社発行)
「寺内貫太郎一家」もこうした間取りだが、ドラマが始まったのは昭和40年代の終わり1974年である。こうした間取り、『私や向田さんが子供時代を過ごした昭和十年代の、東京山の手の月給取りの家の構造である。』ということだが、いまは遠い過去のようになった。

●何かとても大切なものを置き忘れてきた

こんな間取りをいまでは誰も考えないだろうが、久世さんは『やっぱりあのころの、あの間取り、あの暮らしには、忘れてしまいたくない何かがあるように思われてならないのである。私たちはひょっとして、あのころに、何かとても大切なものを置き忘れてきたのではあるまいかと、心配になってしまうのある。』という。
“忘れてしまいたくない何か”“何かとても大切なもの”というのは何だろう。
卓袱台を囲んで家族が食事をするあたたかさ、閉じこもらず、開放感のある家族の関係、家族の声が聞こえる家、そんな何かなのだろうか。断熱性とか気密性とか広さという家の快適性はないけれど、あたたかい家族の関係がその間取りにはあったのかもしれない。
丸い卓袱台なんて形が家族をまるくした。

●家族にとって大切なものを抱きかかえるリフォーム

“忘れてしまいたくない何か”“何かとても大切なもの”、そんなリフォームをやってみたいもの。昭和を想い出すとかいうのではなく、家族を感じるリフォームである。テーブルと椅子のあるリビングもいいが、座って家族が集まり食事ができる空間も悪くはない。
自分たちにとって“忘れてしまいたくない何か”“何かとても大切なもの”はいったい何かと一度考えてみるのもいい。

岡田 憲治プロフィール

[おかだ・けんじ] 住宅ジャーナリスト・NPO法人埼玉住まいの情報ネットワーク代表。
辛口『野次馬住宅時評』を発行。著書に『住宅のお値段・原価の秘密』『住宅業者の良し悪しがピタリわかる本』『住まいたちの半世紀』など。近著『昭和の住まい学』。
野次馬住宅net http:// www.tcat.ne.jp./~yajiuma

 

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