満足リフォームの条件・その1
満足リフォームの条件・その2
満足リフォームの条件・その3
リフォームコックさん
> リフォームかわら版
野口英世が働いていた長浜検疫所細菌検査室は白い洋館だった
取材を終えて駅まで送ってくれたT氏が、「そうだ、長浜検疫所細菌検査室を知っています?」と言う。知らないというと見に行きましょうと、ハンドルを右に切った。
長浜検疫所細菌検査室は、いまは野口英世記念館と呼ばれている。明治32年、港湾検疫医官補として野口英世(1876−1928)はこの長浜検疫所で働いており、横浜港からの来訪者を検疫検査し、ペスト菌を発見したことで知られているのだ。そうした野口英世の功績を忘れてはいけないと市民が保存運動をすすめ、横浜市は周辺を長浜野口記念公園として整備したという。
野口英世と長浜は1つに結ばれていたとは知らなかった。だが、昔、渡辺淳一の野口英世伝記小説「遠き落日」を私は読んでいるのである。でもすっかり忘れている。
『敷地だけで約三万坪といい、そこに事務所から上級船員宿泊室、下級船員宿泊室、浴場、さらに南の山かげには隔離病棟、検査室、研究室の大半が、ほぼ明治時代そのままに残っている。』
そう渡辺淳一は書いているが、残念ながら現在は、その大半は残っていない。残っているのは事務棟を復元した長浜ホール、検査室、宿泊施設である。
検査室は長浜ホールの隣にあった。検査室なので、つめたい感じがする建物である。明治28年3月に竣工、河合政市という人が設計したということだが、関東大震災で被害にあい、大正13年に再建したらしい。木造平屋建ての白い洋館、床はコンクリート、天井は三角のトラス組などがみられる。
宿泊施設はいま旧長浜停留所と呼ばれている。伝染病の疑いがあると停留してもらう施設だが、上級の人の宿泊所で豪華であったようだ。
渡辺淳一は「遠き落日」でこう書いている。
『港湾検疫所とはいえ、当時は日本の表玄関であり、建物にもずいぶん気が配られている。とくに上級船員宿泊室は海側に広いロビーをともなった一室三ベッドのゆったりした部屋で、応接室、談話室もあり、風呂も一室一つ宛備えられ、近代的ホテルと較べてもさして遜色ない。』
旧長浜停留所も見られれば良かったが残念ながら海の日だけ公開らしい。
検査室はシンプルな建物だったが、この地に与謝野晶子らも来たのかとか、海の見える別荘地を思い浮かべていると楽しい。今度、また来てみようと思った。
(住宅ジャーナリスト 岡田憲治)
野口英世記念館に行くには――
所在地:横浜市金沢区長浜107−8
京浜急行「能見台」駅から徒歩で約15分、シーサイドライン「幸浦」駅からも15分
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