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モノが捨てられなくて困っている。一番の悩みは衣類と本である。忘・新年会や子供たち用に、いつか役に立つだろうと取っておいた景品の段ボールも1つや2つではない。古い電化製品も物置で静かに再起の時を待っている。
そう、「いつか役に立つだろう!」。この発想がすべての元凶である。
以前、仕事でお世話になった精神病理学の先生によると、一番の問題は、押し入れを開ける度に「いつかは片付けなくちゃ」と負担を感じたり、イライラすることなのだそうだ。家の中での小さなイライラが毎日毎日繰り返されることによって、ストレスが溜まり、些細なことで家族に当たり散らす、なんてことになるらしい。
「例えば、お父さんが会社から疲れて帰って来たとしよう。玄関を開けた途端、子供の靴がグチャグチャに散らかっている。これだって結構ストレスの種になるんですよ。あと、よくあるのはドアの建て付け。ドアを開ける度に引っかかってスムースに開かない。これが日に何度も引っかかって、さらに365日続いてご覧なさい。『あ~ぁ、家に帰っても気が休まらねぇな』なんてことになったら、家庭崩壊にだって繋がりかねないですぞ。家の中の小さなイライラの種を取り除く。これも立派な家庭円満のためのバリアフリーです」
ドア一枚で当たり散らされてはたまったものではないが、思い当たることがないでもない。とはいえ、物理的バリアは大工さんに頼めば何とかなるが、モノを減らすとなるとそう簡単にはいかない。これは理性と感情の戦いなのだ。
そんな折りも折り、旅行会社から豪華客船見学のお誘いを頂いた。
世界をクルーズ中の客船が日本に寄港した際に、乗船客が観光に出かけた時間帯を船内見学に当ててくれるというのだ。しかもこの船というのが、数ある豪華客船の中でもクオリティーの高さで定評のあるセブンシーズ・マリナー号である。宝くじでも当たらない限り豪華客船とは縁はないものと諦めていたおばちゃん夫婦は、この機会を逃してなるものかと、すぐさま旅行会社に電話をして見学権をゲットした。
当日、チャーミングな笑顔満開の外国人スタッフに出迎えられ、フロントでパスポートを預けてチェックイン。続いてショーホールに案内され、ウェルカムドリンクのシャンパンを頂きながらフカフカの椅子に腰掛け、キャプテンから船の説明を受ける。そして、いよいよ船内見学へ出発である。
豪華客船の客室といえども、ちょっとグレードの高いホテル程度だろうと考えていたが、とんでもない。全室海側が売りというだけあって、バルコニー付きのツイン・ベッドルームは明るく開放的で、バス・トイレも船内にしてはゆったりとしていて、インテリアもなかなかに洒落ている。
感心したのは、およそ1坪半はあろうかというウォークインクローゼットだ。長い時には3ヶ月半も船の中で過ごすのである。考えてみれば当たり前のことなのだが、カジュアルからフォーマルまで一通りの衣類や靴、小物をはじめ、夫婦二人分の最低限の生活必需品が、その気になればこの一坪半の中に収まってしまうのである。これはちょっとしたカルチャーショックであった。
船内の見学が一通り終わると、昼食にはパリのコルドンブルーが提供する本格的なフレンチが振る舞われた。ワインに舌鼓を打ちながら、心はすでに世界の海へと飛んでいる。
「もしもよ、宝くじで一億円が当たったら、しばらくは船旅をして暮らすというのもいいかもね、最低限の荷物を持って。これぞ最高のシンプルライフだと思うんだけどな」
「なんなら、一戸建てを止めてマンションに引っ越そうか。空間的にはこの豪華客船にぴったりだし、きっと荷物も3分の1程度に減るんじゃないの。海と陸との違いはあるけど、君の理想のシンプルライフにはもってこいだと思うよ」
どうやらお父ちゃんは、ワインの量がまだまだ足りないらしい。
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