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このところ毎年のように起こっている地震や豪雨の被害は、異常としか思えない。あっと言う間に自分の家が、土砂に呑み込まれたり、崩壊していく様を目の当たりにして、呆然と立ちつくす人々の様子がテレビに映し出されるたびに、本当に胸が痛む。
生まれ育った家というのは、特別な思いがある。
先日、従姉のアッコちゃんから電話があった。今は誰も住んでいない田舎の家をどうするかで、姉弟で意見が真っ二つに割れているのだと言う。
2年前に亡くなった叔母は、増改築を何度か繰り返したその家で、4人の子供を育てた。80歳を過ぎてなお、自分で居間の壁のペンキを塗り替えるほど気丈な人で、年に何度か里帰りする息子や娘、孫のために、家の手入れを怠らなかった。
長男は処分したいと言うが、女姉妹は大反対で、結論が出ないまま、かれこれ2年が経とうとしている。長女のアッコちゃんは、その間も時折里帰りをして、仏様をお参りしたり、家の中の掃除をしているのだと言う。
男と女の思いの違いだろうか。それとも、新たに一家を成した者と、嫁という立場にある者との違いだろうか。おばちゃんは、感情的にはアッコちゃんの気持ちがよく分かる。
もう、ン十年も前になるが、上京して間もなく、実家が建て替えをした。夏休みに帰ったはいいが、すっかり変わってしまった家に、当然、私の部屋はない。
「言ってくれればさぁ、自分の部屋分ぐらい、費用は出したのに・・・」
とは言ったものの後の祭り。以来、たまに帰省をしても、なんとなくお尻が落ち着かない。
もし、家がそっくり無くなってしまったら・・・。もう、戻れる場所がないのだという喪失感は、言葉では言い尽くせないものがあるに違いない。
この話を聞いた東京育ちの甥っ子が、しみじみと言った。
「おばちゃん、僕に田舎があって本当に良かった。将来、子供が出来たら、毎年田舎に連れていってあげたいと思っているんだ」
なんとまぁ、可愛いことを言ってくれるではないか。
でも、待てよ。肝心の実家の甥っ子は、ちゃんと家を守ってくれるのだろうか。
8月13日から旧盆が始まる。
お土産をたんと持って、お墓参りにでも行って来よう。
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