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「おい、おい、ちょっと来てみろよ。200年住宅だって」
突然、テレビを見ていたお父ちゃんが叫んだ。
「何寝ぼけたことを言ってんのよ。ついこの間まで100年住宅って騒いでいたくせに、100年が出来ないのに、200年に伸ばしてどうするのよ」
と言いながらテレビを覗くと、な、なんと、本当だった。某政党の政務調査会が「200年住宅ビジョン」なるものを発表したというニュースだった。
早速インターネットで検索すると、画面には会議のプレゼンテーションもどきの矢印だらけの図が出てきた。しかし、具体的な中身はさっぱり分からない。どうも、200年住宅ビジョンの背景には、膨大な建築廃材と地球環境問題があるらしい。
200年というライフステージを考えてみた。
「ムツコおばちゃんの家は、今の場所に家を構えてから結構長いんじゃないの」
「今で5代目かな。それでも200年は経っていないはずだよ。4代目、5代目とも兄弟全員一度は家を出て独立はしたらしいけど、家の商売を継ぐために呼び戻されたんだって」
これが一般家庭ならどうだろう。子供が独立したとする。高齢の両親の世話をするために、あるいは生まれ育った土地を守るために、家に戻って腰を落ち着ける子供はどれくらいいるだろう。
「まぁ、3代続けば良い方だろうな」
「ということは、現実問題として、200年住宅は住み替えを前提とした話でなければ成り立たないと思わないかい?」
「そうなると、次に住む誰かのために、何千万というローンを組んでまで家を建てる人がいるかしらね」
「子供が住み継ぐ前に、相続税で土地を手放さざるを得なくなったりして」
「まず国が、手本となる200年住宅なるものを作ってみせて欲しいよな」
「それよりも、古民家の解体・再建のように、一度使った建築材を再利用できるようにするシステムを考えた方がいいんじゃないの」
「どうでもいいけどさ、この間のテレビで予知能力者が言っていたよ。このまま温暖化が進むと人類は200年どころか、100年持たないかもしれないって話だぜ」
と、この日も我が家の晩酌タイムは、お酒の勢いもあって言いたい放題だ。
以前、ドイツのハーメルンという町で家の改築作業を垣間見たことがある。あのグリム童話、「ハーメルンの笛吹男」の舞台として知られる町である。徹底した街並み保存が行なわれているため、その家が建てられた年代が印された外観は変えることなく、内部だけはちゃんと快適に暮らせるように、現代風に改築中だった。
モーツァルトのお爺ちゃんが住んでいた家というのも見学したことがある。当時の町の篤志家が貧しい人々のために建てた長屋のような建物だったが、その長屋の一角は綺麗に手入れが行き届き、清潔で、今も人々が住んでいた。
それにしても、個人主義と言われる欧米の人たちが、住宅に関しては古い街並みや家の外観をそのまま受け入れるのはどうしてだろう。
「それは、美しいと皆が感じるからじゃないかな。何百年前の貧しい人々が暮らした長屋でさえ、こうして観光地になるくらいだから、家と言うより、街並みに対する考え方の違いじゃないか」
そういえば昔、お世話になった住宅メーカーの社長さんに、カタログづくりでうるさく言われたっけ。「住宅というのは、まわりの景観があって初めて成り立つものだから、そこを考えて写真を載せなさい」と。
確かに、例え家が100年、200年持ったとしても、まわりの環境や街並みが美しくなければ、誰もそこに住み続けたいとは思わないかもしれない。
「結論、200年住宅の鍵は街並みづくりだ」と、意見が一致したところで、ビールが切れた。
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