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鳥取県松江市で、明治の頃に小泉八雲が住んでいたという家を訪ねた。
ご存知のとおり、八雲は日本名で、本名はラフカディオ・ハーンというアイルランド人である。解説書によると、彼は明治37年に亡くなるまで14年間を日本で過ごし、その間、松江、熊本、神戸、東京と四つの都市に住み、十軒もの家で生活した。
この家は旧松江藩士の武家屋敷で、「是非庭のある侍の家に住みたい」という彼の申し入れを受けて、持ち主の根岸家が、たまたま空き家だったこの家を貸したとある。
初めて八雲の旧居を訪れたのは、20代の頃。こぢんまりとした家ながら、続き間の障子も襖もすべて開け放れた屋内は、三方を丹精した庭に囲まれ、どの部屋から眺めてもそれぞれに表情を持ち、飽きることがない。その清々しい佇まいに、とても感動したことを覚えている。
ん十年ぶりの訪問は猛暑に見舞われた。
サラサラ木綿の上着を着て、UV加工した日傘で照りつける日差しをブロックしていても、汗は容赦なくたらたらと流れてくる。
ところが、家の中に入ると汗は嘘のように引いていった。外はあれほど蒸し暑いのに、家の中にはクーラーもなく、ただ庭から風が流れてくるだけなのに、空気はさらりと涼しく、今回もまったりと座り込んでお庭を楽しんだ。
自宅に帰るや、窓という窓を開けはなし、わが家も八雲の旧居を真似てみた。残念ながら、窓から入る風は湿気を含み、とてもじゃないが気持ちが良いとは言い難い。
八雲宅は明治時代の家だから、当然、今風の断熱材も遮熱材も入っていない。木と竹と土と和紙等でできた伝統的な日本の木造家屋である。
言っちゃあ何だが、わが家は今流行の省エネ住宅、外断熱24時間換気の家である。確かに他の家に比べると夏は涼しく、冬は暖かい。冷暖房効率という面では優れているのだろうが、それも冷暖房機器があっての話である。でも、八雲の旧宅の心地よさにはとうていかなわない。
一体、この違いはどこから来るのだろう。
そうこうするうちに雨が降ってきた。あわてて窓を閉めに家の中を走り回る。わが家は軒の出が少ないので、雨がもろに部屋の中に入ってくる。「雨」と聞けば「窓を閉めろ」というのが条件反射になってしまった。戸を開け放し、そぼ降る雨の音を、お茶をすすりながら湿った草木や土の匂いとともに楽しむ、といった風流とは縁遠い。
おばちゃんがあまり八雲の家を褒めるものだから、松江土産の“あごの野焼き”を肴にビールを飲みながら、フンフンと話を聞いていたお父ちゃんが一言。
「今度は冬に行ってみたら。きっと寒いぞー」
「えっ、ホントに行ってもいいの? 鱸の奉書焼きも冬が美味しいって言うし、それに松葉ガニもいいわねぇ」
「おいおい、どっちか一つにしろよ。第一、目的が違うだろう」
「うふっ」
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