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夜中に突然電話が鳴った。義母が倒れたというので車で駆けつけると、食堂の床に仰向けに倒れている。熱も高く、意識も朦朧としている。とっさに脳卒中を疑った。
救急車を呼ぼうかと思ったが、でも、違ったらどうしよう。最近、安易に救急車を呼ぶことが社会問題になっているし、一歩間違えば、自分たちがそうした立場になりかねない。自家用車で病院に運んだ方が良いのかどうか、判断がつきかねる。
こういうときは、やっぱり男性陣は頼もしい。
会社で毎年防災訓練を受けているお父ちゃんは、まず、119番に電話をして状況を説明。その結果、動かさないで救急車を待つようにという指示を受けた。玄関から食堂までの襖や引き戸を全部取りはずし、邪魔な家具を運び出し、ストレッチャーの通り道を確保すると、すぐさま、現在投薬を受けている薬の明細と後期高齢者用保険証を探し始めた。
いつもは、起きているのか寝ているのか分らないような88歳の義父は、救急車に場所を知らせるために、懐中電灯を持って道路に走った。
おばちゃんはというと、救急隊員に義母の生年月日や住所を聞かれても、「えーと、83歳ですから、昭和、いや大正かな・・・」てな具合で、しどろもどろもいいところだ。挙げ句の果て、バックに入れたはずの薬の明細が見つからず右往左往するばかりだ。
幸い脳卒中ではないことが分かり、搬送された病院で解熱の点滴を受けたあと、意識を取り戻した義母をひとまず家に連れ帰った。翌日、かかりつけの先生に診察をして貰ったところ、急性腎盂炎との診断。翌日から点滴治療のために病院への送り迎えが続いた。
しばらく経ち、快方に向い始めたと思った矢先、今度は突然膝に炎症が起き、痛みでまったく歩けなくなった。にもかかわらず、翌朝様子を見に行くと、なんと、歩けないはずの本人が食堂の自分の席にちゃんと座っているではないか。こともあろうに、大判のビニールのゴミ袋をお尻の下に敷き、義父に頼んで食堂までその袋を引っ張って来てもらったのだというから、畏れ入る。
その後も、「安静にして寝ていてね」といくら言っても、寝たきりになるのが怖いと思うのか、これまでの生活のリズムやスタイルをかたくなに守って崩そうとしない。かといって、一人では出来ないから、家族の誰かがつきっきりで介添えをする。その上、何をするにも時間が掛かりすぎる。これには正直、ほとほと参った。
「これだもの、みんな、緊急避難所として病院を頼りたくもなるわけだ」
「その結果、お年寄りは病院から追い出されるはめになった、というわけか」
そういえば、以前、母親と同居する知人が、いみじくも言ったことがある。
「高齢者というのは、ひょっとしたきっかけで体調が崩れると、あれよあれよという間に体力も筋力も衰えて身体が言うことを利かなくなる。その時になって家を改造しようにも、とてもじゃないが追いつくものじゃない」
自分たちにその順番が回ってきた今、彼の言葉が身に染みる。今はただ、ただ、義父が倒れないことだけを毎日祈っている。
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