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おばちゃんは新米民生委員である。本来ならば、民生委員というのは、学校の先生や公務員など公の役職経験者がなるべきものと考えていたが、ひょんなことから、公職とはまったく無縁どころか、PTAの役員さえやったことのないおばちゃんのところにお鉢が回ってきた。
町会長さんから、「おばちゃん、社会勉強だと思ってやってみない?」と言われたときは、頭から「ダメダメ。人脈、金脈、人徳ゼロ、マイペースのB型人間に務まるわけがないじゃない」と断るつもりでいたが、「オマエ、人様から頼りにされるというのは、一生のウチにそうあるもんじゃないぞ」と、父ちゃんにおだてられ、ついついお引き受けすることになった。
民生委員の活動の一つに、一人暮らしのお年寄りや、お年寄り夫婦だけの家庭の定期訪問がある。但し、「話は玄関先だけで、中に上がり込んではいけない」ときつく先輩委員から釘を刺されている。こうした家庭の玄関は、往々にして陽があまり差し込まず、日中でも暗い。耳が遠かったり、足腰が弱かったりするので、玄関に姿を見せるまでにとても時間がかかる。根気よく何度も声を掛けて、ようやく顔を合わせることができるのだ。
つい先日、数日間、家を留守にして帰って来ると、ハツエさんの声が留守電から流れてきた。彼女は一人暮らしで、御歳75歳。何事かと慌てて電話をかけると、持病の椎間板ヘルニアが悪化して動けなくなった。病院は休みだし、とっさにどこに助けを求めたらいいのか分からなくて電話をくれたのだという。幸い、一晩安静にしていたところ、何とか歩けるようになり、一人で病院に行き、今は快方に向かっていると言う。肝心な時に役に立てず申し訳なく思いながらも、大事に至らずホッと胸をなで下ろした。
ハツエさんは高齢ではあるが、一日おきに病院に通い、そのつど、わが家の前を元気な足取りで出かけていく。農繁期には農家に嫁いだ娘さんのところに手伝いに行くほどの元気なおばあちゃんである。それだけに、こちらも安心しきっていたのだが、そこに落とし穴があった。
「朝目を覚ましたら突然動けなくなっちゃって、すぐそこに電話があるのに、なかなか手が届かないのよ。一人暮らしをこんなに怖いと思ったことはなかった」と、その時の話を何度も繰り返す。よっぽど心細かったんだね、ゴメンね。
でもね、ハツエさんには申し訳ないが、おばちゃんとて、いつもいつも家にいる訳にはいかない。出張や旅行で留守にすることもある。そんな時はどうしたらいいんだろう ・ ・ ・。ご近所や民生委員といえども、すべてを背負えるわけではない。やっぱり地域全体でお年寄りをフォローするインフラ整備が必要だ。すでに高齢者向けのマンションなどでは、一定時間以上水が使われていないとセンサーが作動して緊急通報が働くなど、各種通報システムが実用化されているではないか。一般住宅にも応用出来ないわけがないと思うのだが。
「となると、やっぱりテレビだな。朝起きて、まず一番にテレビをつけるだろう。テレビにチップを埋め込んで、インターネットみたいにスイッチを入れるとコンセントの配線を通して、支援センターに“起きてますよ”と信号が届くっていうのはどうだい」
「トイレのドアとか、台所の床にチップを埋め込むという手もあるわね。トイレのドアを開け閉めしたり、台所の流しの前に立つたびに信号が送られて、家の中で元気にしているのがリアルタイムで確認できるじゃない」
「あと、外から玄関の鍵を掛けると“外出”って信号が送られたりとかさ」
「でも、もし異常を感知したらどこに通報がいくの? 誰が駆けつけるの?」
「そりゃぁ、今のままなら、やっぱり民生委員だろう。そうなったらオマエも忙しくなるぞ。旅行なんか行けなくなるかもな」
と、父ちゃんは、痛いところをチクチクと突いてくる。
「あーぁ、やっぱり私にはこの役目、無理だったかなぁー」
「ダイジョーブだって、これが実用化している頃には、オマエさんの方が民生委員のお世話になっている番だぜ。これで俺たちの老後は安心ってもんだ」
旅行に行ける? のは嬉しいけれど、これも、何だか複雑な気分だ。B型人間の発想は、やっぱり自己中心的なのかしらん。
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