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大学を卒業した年に、コピーライター新人賞をとり、以来ずっと広告界で活躍してきた友達が、3年程前、 「広告の仕事は若い人に任せることにしたよ。会社は専務に譲って、僕は田舎に戻る。 」と言って、突然熊野の山の中に戻って行った。
30年以上、成城学園、麻布、高輪といった高級住宅街に住んでいた男が、熊野の山の中で、どんな生活をしているのか見てみたいと思い、1年程たったころ熊野を訪れてみた。
朝目が覚め窓を開けると、眼下の山並みに雲が流れていく。1時間ほどして雲が晴れるとその山並みの間をとうとうと熊野川が流れている。この世のものとは思えぬほどの絶景である。昼食後、近くに散在する温泉につかり、夕方から庭のテーブルで絶景を眼下に見ながら、朝締めた地鶏と川で獲れた鱒や、近くで取れた有機野菜を蒸したり焼いたりした料理と生ビールで宴会である。宴がたけなわの頃になると、満天の星をのぞけばあたりは漆黒の闇につつまれる。
「こんな生活、人間1度は経験してみるべきだね。」と私が言うと、 「そう思うでしょ。来た人は皆そう言う。だから来て見たいと思う人は、紹介者があれば1泊5,000円で経験できる形にしようかなと思っている。だから蚕部屋をリフォームして2人ぐらいは泊まれるようにできないかな。 」ということで、私が図面を描くことになった。施工は彼の中学の同級生がすることに決まっていた。
彼の中学の同級生は8人で、彼以外はほとんど中学を出てすぐ奈良に修行に行き、大工になっているそうで、その中で地元に戻っている同級生に頼むとのことである。
図面―1 (既存の平面図
・間口3間、奥行き2間半の小屋の屋根裏が蚕部屋になっていた。11段の階段で1階の入り口の土間から上がり、部屋の東・西には1間の南には小さな明り窓が設けられていた。
・林業を営んでいただけに、小屋とはいえ良い材木が使われており、材木は修繕の必要がないほどしっかりしていた。
・1階土間右側は、階段1段と同じ高さに粗床が張られており、ここに筵を敷いて作業をしたようである。窓には障子と雨戸が入っていた。
・土間の左側に軒を出し、土間から土足で入れるように、男便所と女便所、そして冬場の薪や農作業の道具を置いておく収納が設けられていた。
図面―2 (リフォーム後の平面図)
・1階は粗床の上にフローリングを張り、そこを彼の書斎兼仕事場にした。
・天井は、2階の粗床の下に小幅の杉板を張り塗装した。
・便所は男と女を入れ替え、男便所から女便所に入るように変えた。
・土間はコンクリートを打ち、靴脱ぎ場所を残し、書斎や階段から便所に行けるように転がし根太でフローリングを張り、薪や道具の収納場所は建具を入れ納戸とした。
・外装建具は1・2階ともアルミサッシに変え、宿泊室の窓には木製ブラインドを設けた。
・既存の壁は、1・2階とも塗り替え、新設の壁も塗り壁とした。
・階段と宿泊室の間仕切りには壁を設け、出入り口に背の低い引き戸を入れ、両サイドにクローゼットとものいれを設けた。
・床は、粗床の上に断熱シートと厚いフェルトを敷きじゅうたんの敷き込みとした。
・天井の梁はそのままだし、野地板の下に小幅の杉板を張り塗装した。
・宿泊室には、シングルベッド2台とナイトテーブル、背の低いイージーチェアー2台と丸いセンターテーブル、テレビを載せるローボードを置いた。
昨年の暮れに来訪した折ここに泊めてもらった。林業を営む寒村にふさわしい、質素で
素朴な、和風シェーカー様式化かと思えるような心地よい宿泊室に出来上がっていた。
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