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新・快適生活図鑑 第13回
老舗旅館のリフォーム

建築家 児島敬子

●藤沢周平「蝉しぐれ」に登場する山形の温泉

今回紹介するリフォームの事例は私のプランニングではありません。旅先の旅館で、自分の部屋にいるようなリラックスした心地よさを味わった空間が、2004年にリフォームして作られたと聞き、温泉旅館も伝統の良さを残しながら、次世代を見据えてここまで考えているのだと感激したので、ぜひこのページで紹介したいと思い、旅館の了解を得て紹介することにしたものです。

そこは、藤沢周平の代表作「蝉しぐれ」の最終で、郡奉行牧助左衛門となった文四郎と尼になるお福が再会する、漁師村のはずれにある温泉、山形県湯野浜温泉の老舗旅館「亀や」です。

創業明治6年という「亀や」は、古い温泉地に見られる鉄筋コンクリート10階建の大型旅館ですが、玄関脇の日本庭園の奥にある丘の上に、本館の4・5階とつながる、「亀」にちなんだ「竜宮殿」という純和風の2階建ての特別室棟が建てられています。ここは昭和天皇が泊まられた特別室のある棟だそうですが、2004年に、1階の特別室だけを残し、5階につながる2階部分を建築家吉村清孝氏の設計で、「千尋房」「万尋房」というイメージの異なるモダンな食事処にリフォームされています。どちらも外観の純和風から想像できないモダンな食事処ですが、古い梁を活かした落ち着きのある空間に仕上がっています。

このモダンな食事処で食事をしていただくために、本館5階の客室だけを食事処のイメージにふさわしい洋室にリフォームしたのだそうです。

そこで2泊の予定だったので、9階の和室と5階の洋室の両方に泊まることにしました。

●日本海の見える1枚ガラスの大きな窓

1泊目の和室(図面―1)は、日本海の見える1枚ガラスの大きな窓に特徴はありましたが、聚楽の大壁、杉の敷目板張り天井、畳敷きの部屋にユニットバスの風呂付という老舗旅館によく見られる造りでした。ユニットバスに入る気はしないので、2つある掛け流しの展望風呂と、檜と露天風呂へ何回と足を運びました。

和室は広々としていて、老舗の温泉旅館に来たというお客様気分を味わうことはできたのですが、お茶や食事の給仕に来てくれる仲居さんや、布団を敷きに来てくれる方に気を使うので、心の隅のどこかに気を抜けないところがあり、またエレベーターを使って、階下の大浴場に行くので、出会う人を意識しなければならず、自分の家に居るようなくつろいだ気分にはなれなかったのです。

2泊目の洋室(図面―2、写真1)は、海の見える1枚ガラスの大きな窓は同じですが、障子がないのでホテルが海の中に建っているような錯覚を覚えるほどでした。壁・天井は真っ白な漆喰、床暖房のフローリング、洗面、浴室、クローゼット、冷蔵庫といったものはすべて写真2のように、ミディアムブラウンで塗装された扉の中に納められています。

部屋の中央にある写真3のオーダーの木製ツィンベッド、ベッドの後ろには、海に向けて革張りの大きなソファーが造り付けられています。温泉旅館とは思えないモダンな空間ですが、色彩と素材感で、シンプルで落ち着きのある空間にリフォームされていました。

なかでも圧巻だったのは浴室です。写真2のように両開き折れ戸を空けると、洗面所の奥に、ガラス張りの浴室(写真4)があり、石風のタイル張りの床に置かれた檜の浴槽(写真5)に、朝6時から夜の11時まで、掛け流しの温泉が出ているのです。

檜の香りのする浴槽の縁に頭を乗せ、足を延ばし、竹筒から流れ落ちる温泉の湯音を聞きながら、幅4.5m・高さ1.5mの大きな窓越しに日本海に沈む夕日を眺める。それはすばらしい愉悦のひと時でした。

食事は朝晩とも、同じ階につながる竜宮殿の「千尋房」で、食事時間帯の好きな時刻に予約をし、会席料理を味わう。それ以外は部屋で、座り心地の良いソファーに身を沈め、本を読んだり、テレビを見たり、海に沈む夕日を眺めたりと、温泉旅館に入ることを忘れ、自分の部屋に居るようなくつろいだ気分でゆったりと1日を過ごすことができたのです。

130年かけて守り継がれてきた老舗の温泉旅館の良さを残しながら、次世代の人が楽しめる心地よい空間を考える。このリフォームされた洋の客室の提案には、次世代につながる温泉旅館を感じさせるものがありました。

図−1 before 和の客室 


図−2 after 洋の客室


写真 1 
写真 2

写真 3
写真 4
写真 5
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住宅ジャーナリスト 岡田憲治 児島敬子
プロフィール
デザイナー・建築家。1983年にトータル・ライフコーディネートスタジオ「ZAZA」を開設。1988年、ヒューマンスケールで考える住環境設計を加え、インテリア建築デザイン事務所「ZAZA―YOU、CO」を設立。家が「ゆったりと豊かな時を過ごせる心のすみか」となれるスペース作りを目指し活動を続けている。著書に「インテリア製図の描き方」など。
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