前回述べたように、団塊の世代の定年後の住生活ニーズは「元気の出る生活」と「感動のある生活」が主流だそうです。
自然と触れ合う光と風の入る「元気の出る生活」や、趣味の充実と親しい人と交流する「感動のある生活」には、どのくらいの広さや、どんな家具と設備、そして調度が必要なのか。
それらは人それぞれが育ってきた環境・精神風土・体質・思考感覚等によって違うはずで、住み手は作り手の助けを借りて自分でそれを見付け出さなくてはならないのです。お仕着せや借り物ではその人にとっての日常的快適性は得られないのからです。
それを見つけ出し、それに適した家にリフォームする。住まいはその人なりの暮らし方を核として造られなくてはならないと思うのです。
「日本人は住生活に対する関心が薄い」「外観は立派で、容積も大きくなったが、内部には暮らしの豊かさが感じられる家は少ない」と、しばしば建築雑誌等にも書かれていますが、本当にそのとおりだなと思うのです。私も仕事柄いろいろな方の住まいを見せていただいていますが、住む方の暮らし方がにじみ出ている心温まる住まいに出会うことが少ないのです。これは何によるのか、私なりに考えて見ました。
現在プランニングの主流となっている居間・食堂中心のホール型が推奨され始めたのは、庶民住宅の洋風化をめざした大正の住宅改良運動ころからだそうです。
欧米に比べ、居間・食堂中心のホール型の暮らしがまだ100年も経っておらず、歴史が浅いから日本人は住生活に対する関心が薄いのかとも考えられます。それも要因の1つかもしれませんが、それだけではないように思われるのです。歴史が浅くとも暮らしへの情熱が強ければ、洋風化された住まいにも関心は高くなるはずなのです。
それではなぜ暮らし方に強い情熱が持てないのかということになります。それは日本特有の畳が日本人の美意識にもたらしたプラス面とマイナス面の明確な確認をせずに洋風化されていったところにその要因の1つがあるように思われるのです。そのプラス面とマイナス面をいくつかあげて1回ごとに考えてみることにします。