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畑の片隅に無造作に捨てられた何本かの丸太の木。ケヤキとサワラの木だろうか。長いあいだ雨に打たれ、夏の熱射に焦がされて、今では朽ちて無残な姿をさらしていた。(伐採して不要なら、声でも掛けてくれれば引取ることも出来たのに、などと独り言!)
木に興味を持つ者にとって、こんな場面に出くわすと複雑な気持ちになる。伐採して焼却され二酸化炭素を出さずに、こんな形で朽ちて大地に返る方が、様々な生き物や畑の養分となり、木の本来の自然な一生のありようなのかもしれない。地球上の如何なる場所に於いても、環境条件の違いによってその生育状態は異なるとは言え、大気からCO2を、大地から水分や養分を吸収し、大気に酸素を放出して、一切の生き物が生き続ける環境を作り出している。経済的利益を得るために、無秩序に森林伐採を続ける人間の近視眼的視点の愚かさを憂える。誰人もが、その愚かさに気付く時、地球は果たしてどんな姿をさらしているだろうか。
人間はもっと利口で賢い生物である筈だし、地球生命の生存条件再考へ、軌道修正を推進すべき力と能力を忘れ去っていない筈だ。
「人間は考える葦である」のだから。
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